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火星を代表するワイン「フランベルジュ」
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2020年4月22日 (水) 22:25
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No.53
火星の入植者たちは、特にその初期においては、開拓作業に苦闘の日々であった。娯楽もなく生活の逼迫する中、くじけかかった人々をはげましたのはピエール・ドゥブレというフランス人だった。
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彼の実家ではワインを造っていたが、ドゥブレは火星で史上初のワインを製造することで人々をふるいたたせようとした。この提案は満場一致で採決され、やがて伝説として語り継がれる挑戦が始まった。
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まず火星の大地を農耕可能なものに改良することが始められたが、これには言語に絶する試行錯誤の連続だった。当時はまだ地球と火星の間である程度の往来があったため、改良土のサンプルを地球に送ったり、逆に地球から苗木を取り寄せたりしたが、実が全くならなかったりなっても品質が低すぎたりと(毒ぶどうができてドゥブレは一回死にかけた)、最初は話にならなかった。
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ドゥブレは、改良し問題のないはずの土からどうして出来損ないのぶどうしか実らないのか、何年も頭を悩ませた。辛抱強い開拓民たちも諦めかかった。そんなある日、ドゥブレの妻が初めての子供を出産した。生まれて初めて空気を吸って泣きわめく子供を前に、彼の頭は父親としての喜びとは別に電撃的なアイデアが閃いた。
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彼は恐るべき粘り強さで半ば強引にエアロックの一部を改造する許可をとりつけ、ドームの空気に火星本来の大気を超極微量まぜるスペースを作った。そのわずかなスペースに、ぶどうの最後の苗木を置いたのである。彼を支持していた開拓民たちも、この暴挙には驚き呆れたが、ドゥブレは一切自説を譲らなかった。
ドゥブレの最後の賭けはあたった。その苗木は成長し、実をつけたが、地球のどの品種に勝るとも劣らぬ出来映えだった。彼は仲間の信頼を取り戻し、ついにワイン製造の足がかりを得たのである。
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このぶどうはドゥブレの苦闘を称えるべく彼の名前がそのまま冠され、出来あがったワインは燃えるような赤い色から「フランベルジュ」と名づけられた(ワイン製造にもいろいろな苦労があったが割愛する)。野性的な香の、辛口のワインである。
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フランベルジュは極端に生産量が少なく、またそもそもがワインはデリケートな品なので、特に地球では非常に高級な銘柄になった。もっとも、市場で認められるまでには伝統あるワイン業界との虚虚実実の駆け引きを幾度も繰り返さねばならなかった。また、火星と地球が事実上手切れになった時には、ドゥブレは既にこの世になく、何代か後の子孫が後を継いでいた。その際フランベルジュは地球からヤミ外貨を稼ぐためにしばしば密輸された。ドゥブレの子孫たちは熱心な火星帰化論者だったので、喜んで協力した。
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フランベルジュの歴史は、かように、火星史の一端を示しているのである。
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