論理的に言って云々…前件否定の誤謬の回避

よく巷間では、「論理的に言って……」とか「……というロジックで」というレトリックが蔓延しています。 僕が目にするものでは、誤謬のいわゆる代表性ヒューリスティックの錯誤をして、正しいことは正しいという主張の強弁によく見受けられます。 蛇足ですが、心理学や精神医学も政治的主張の根拠に用いる方がいます。これも単に主張の強弁でしょう。 それだけ理解されないまま、レトリックとして陳腐化してきたのでしょう。 命題「AならばB」の真偽はAの真偽に関係なく、Bの真偽が反論になるという主張を目にしたことがあります。正確には反駁です。 つまり、真理値表で言うと、

A B AならばB

Aに対して反論することはナンセンスだというわけです。モーダストレンス(後件否定)しか認めないという論法です。 つまり前件否定の誤謬だというわけです。もしそうであるとしても、妥当なのか、健全なのかの論証には議論対象になります。もし、前件否定の誤謬であるとしても、それを主張する側が単なる代表性ヒューリスティックの錯誤をしているだけなのかどうか自己検証が必要でしょう。

一・八反駁 (中略) 論証を反駁するとは、その誤りを示すことに他なりません。(中略) 反駁のツール その方法は基本的には二つありますが、どちらも本書の別の項目で詳しく論じておきました。論証が非妥当であることを示すのが一つ。結論が、言われているようには前提から帰結しないことを示すわけです(一・五を参照のこと)。さらに、少なくとも一つの前提が偽であることを示すのがもう一つの方法です。 第三の方法として、結論が偽に違いないことを示す道があります。これは、論証のどこが間違っているかを特定できなくても、どこかおかしな点があるに違いないことを示すというものです(三・二三を参照のこと)。しかし、このやり方は厳密には反駁と言えません。論証のどこが間違っているかを指摘したわけではなく、単に間違っているはずだと言っているだけなのですから。 不十分な正当化 たしかに反駁は強力なツールですが、論証を退けるのに反駁だけが有効だと結論するのは早計です。(中略) ツールを使う 反駁ではなくても、論証に対して正当な異議を唱える方法は他にもたくさんあります。大切なのは、反駁とその他の形の異論とには明確な区別があることを弁え、その異論がどのような形式のものなのかをはっきりさせておくことです。

「哲学の道具箱」

ジュリアン・バッジーニ、ピーター・フォスル(共立出版) より

「AならばB」は図で示すと、以下のヴェン図になります。非A(Aではない)、とBである、の少なくとも一方が正しいと、言い換えただけ(¬A∨B)です。 べんず(字あり) 図で分かるように、前件に合意できるなら、Bとは違う、「AならばC」を立てることは反論になります。正確には異論になりますが、わざわざBを否定しないと反論にならないというのは全くの誤りです。 ある話が議論の途中から出てきたことが厄介でした。 普通、議論で出てきた論理包含や条件文は何らかの脈絡で出さなければならず、Aであることは、連言であれ、選言であれ、根拠(理由)が必要でしょう。

Ⅳ充足理由の原理 ライプニッツによれば、「われわれの思考は二大原理に基づいている。1つには矛盾の原理で、それによってわれわれは矛盾をふくむものを偽と判断し、偽に反対な、もしくは偽に矛盾するものを真と判断する。もう1つは充分な理由の原理で、それによってわれわれは“なぜこうなってああはならないかというじゅうぶんな理由がなければ、どんな命題も真実であることができない”と考える。もっともそういう理由はわれわれに知られない場合が極めて多い」のである。さらにかれは前者の真理を「推理の真理」、後者の真理を「事実の真理」とよんで、両者を対応させた。 「充足理由の原理」(充足理由律、理由律)は、以上のような存在論的な意味を根底に持つために、理由と考えられるものを事実の実在根拠(原因)とみなす場合もあるが、ふつうには「すべての思考にはつねにかならずじゅうぶんな理由がなければならない」と表現される。すなわちわれわれがなにかを思考しその意味をきめるには、それなりのじゅうぶんな理由がなければならないとするもので、そのじゅうぶんな理由がなんであるのかを決定するのは、論理学の課題ではないにしても、しかしともかくそういうじゅうぶんな理由なしにはどのような思考もなりたたないということはあきらかであろう。これが充足理由の原理であって、理由として認められるものを「根拠」groundといい、その根拠にもとづいて主張されるものを「帰結」consequenceという。この原理はすべての仮言判断の基礎をなすと同時に、われわれの思考はこの原理によって根拠と帰結との関係として相互に依属させられ、いっさいの思考の必然性がみちびきだされるのである。 「論理学入門」若山玄芳、東千尋、千葉茂美(学陽書房)より

 

充足理由律は棄却できるか このように、充足理由律の受け入れには多くの問題がともなう。それならそうした問題の多い原理なんて、捨て去ってしまえば良いではないか、という考えもありえる。しかし充足理由律を単純に拒否することには、さらに大きい困難をともなう。日常的な文脈で言うならば充足理由律をまったく認めないことは、ほとんど狂気に近いものとなる。「物は突然ただ無くなるということもありうるのではないか」と言われて、「私もそう思う」と答えるようなことだからである。さらに哲学的な文脈では、充足理由律の棄却は、時に、学問の放棄、知の敗北、といった大きい意味をもって捉えられることもある。これは理由律が学問における重要な要素のひとつを構成していることからの反応である。 充足理由律(Wikipedia)より

このように、前件否定の誤謬以前に、なんの理由があって前件が提示されているのかを説明する必要があります。 もう一つ、対偶があります。 命題「AならばB」の対偶は「BでないならAでない」でしょう。 論理記号では、「A ならば B」の対偶は「¬Bならば ¬A(非Bならば非A)」です。同じ真理値をとらなくてはならないので、真理値表は全く同じ以下になります。
つまり、モーダストレンスはモーダスポネンスに変換できるのです。

A B ¬B ¬A ¬Bならば¬A

AならばBは、非A(Aではない)、とBである、の少なくとも一方が正しい(¬A∨B)と、言い換えただけで、対偶は非Bではない(Bである)、と非A(Aではない)、の少なくとも一方が正しいです。

¬B→¬A =(A→Bが¬A∨Bとなるので) =(¬(¬B))∨¬A(下図)

=B∨¬A =¬A∨Bです。

ヴェン図では全く同じことの範囲を表します。 べんず(字あり)02
「AならばB」は単純に言い換えると、「非A∨B(Aではない、または、Bである)」となります。記号「∨」は「選言、または、論理和、OR」と言います。

Bであるかないかに関わらず、(前件)非Bであって、(後件)非Aでないとき、対偶は偽になります。対偶が偽であればもとの命題も偽であることが証明できます。 Bではないのに、Aであること(非Aではない)を証明できれば、対偶文からの反論です。 前件否定の誤謬を回避する常套手段です。こういう、モーダスポネンスにして反論が有効になります。 こうした問題の理解には、「ならば」という日本語に原因があるそうです。 論理学における「ならば」と日常会話における「ならば」は同一ではないのです。 論理学では、「AならばB」は包摂関係で、Bのほうが大きい。

日本語の日常用法には、Aが原因でBが結果という意味もあるため、逆にAから見てBが小さい気がしてしまうらしいのです。

また、日常用法での前件は、まだ真偽が未確定の事柄か、真偽が何かの変数に依存したりします。

さらに日常用法ではわざわざ偽の事柄を命題の前件に据えることは、まずありません。

言っていることは“「AであるのにBではない」を否定する”だけです。

例えば、日本語で主張していてあらかじめ命題論理であるとして前置きしていなければ日常用法から突如離れた主張になります。主張の後に命題論理であると主張しても全くナンセンスでしょう。

じつは反論のパターンはそんなに多くない。代表的な5つのパターンに当てはまらない反論は、十中八九ただの罵詈雑言。相手にする必要はないし、口にすべきでもない。そして何より、意見を述べる前に「自己反論」してみることが大切だ。たとえ意見が一致しないとしても、最低限「くるであろう反論」は予測すべきだし、適確な反論ならば真摯に受け止めるべきだ。 反論のパターンは以下の5つ。

1.No reasoning (論拠がない)

2.Not true (うそだ)

3.Irrelevant (無関係だ)

4.Not important (重要ではない)

5.Depend on *** (○○による)

競技ディベートで遊んだことのある人なら、目にしたことがあるはずだ。

論理的思考を鍛える5つの反論のパターン/「きのこVSたけのこ」論争に終止符を! より

大手のX新聞社が誤報だと謝罪訂正する前の問題を取り上げたとします。

「X新聞社の伝える報道、問題Aが正しいとするならば(暗黙の前提)」 問題Aを~するなら、手段Bをとるべきである。 命題「AならばB」の真偽はAの真偽に関係なく、Bの真偽が反論になる。

 

この文章は命題論理では解決できない問題をはらんでいます。

(引用開始)

1.1.2 易しい論理学用語を知っておこう

(略)「命題」は平叙文(記述文)の形で記述されていて,「真」,「偽」を問題にすることが可能でなければならない.だから,疑問文,感嘆文,命令文や願望・意志などを記述する文であってはならない.個人など発話者の主観や思い,あるいはそれらに基づく文は一義的に「真」,「偽」を決定することができないので,命題にはなり得ないのだ.
(略)

http://www.ltkensyu.com/logicalthinking1.html

(引用終了)

  • 伝聞の事実によって、意味が変わってしまう命題は、明らかに事実よって成り立つ命題であることであって、論理的に成り立つ命題ではない。
  • 単に怪しい伝聞の報道を取り上げて発生論的誤謬を犯しています。
  • 手段Bをとるべきというのは「~手段Bが好ましい」という以上の意味はないので、これでは真理値は与えられない。
  • 「である」と「であるべし」のギャップがあります。「問題Aを~するべしなら、手段Bをとるべし」と自然主義哲学として考えるならば、「問題Aを~するべしなら」という前件には、命題論理学上の反駁が不能という論証とはなりません。ヒュームのギロチンにかかってしまいます。
  • もし命題であるとして、問題Aについての議論で、X新聞社の報道、問題Aが正しいとするならばという暗黙の前提を受け容れなければならないので、その論点先取を隠している。
  • 普通、こうした命令文には真理値は与えない。
  • 反論は反駁かそうでないものの二つしかないとする誤った二分法を用いている。
  • 仮定が反事実的条件法であることを無視するのはおかしい。当初から報道には疑いが向けられていた。
  • そもそも演繹演算しかできない論理に前提から導けない結論はおかしい。
  • 日常言語の日本語の用法の「ならば」を用いているはずなのに、真理値表を持ち出すのは論外です。
  • 「”問題Aを~するなら、手段Bをとるべきでない”を否定する。」と等価ですが、そんな事は言ってません。手段Bは、この文の主張であって違う手段B’やB”などと議論上で提案しているだけです。
  • そもそも問題Aが偽の場合を含めた主張ではないでしょう。

考えると色々なお約束を守っていないので、とても命題論理では太刀打ちできません。 反事実的条件法は、以下の本でどうぞ。専門知識が理解に必要ですが、眺めると、論理学の奥の深さを感じ取れます。

記号論理学を独習するならば、一般的に評判が高いのは「論理学をつくる」が良いそうです。

読み物として、論駁手法集としてオススメなのが、以下の本です。倫理学版もあります。

哲学の道具箱   第1章 論証の基本ツール 1.1 論証・前提・結論 1.2 演繹 1.3 帰納 1.4 妥当性と健全性 1.5 非妥当性 1.6 無矛盾性 1.7 錯誤 1.8 反駁 1.9 公理 1.1 0定義 1.11 確実性と蓋然性 1.12 トートロジー・自己矛盾・矛盾律   第2章 その他の論証ツール 2.1 アブダクション 2.2 仮説演繹法 2.3 弁証法 2.4 アナロジー 2.5 法則を裏づける変則事象と例外 2.6 直観ポンプ 2.7 論理的構成物 2.8 還元 2.9 思考実験 2.10 超越論的論証 2.11 ためになる虚構   第3章 論証評価のツール 3.1 別の説明 3.2 多義性 3.3 二値原理と排中律 3.4 カテゴリー錯誤 3.5 他の条件が同じならば 3.6 循環論法 3.7 筋の通らない概念 3.8 反例 3.9 規準 3.10 間違ったわけの説明 3.11 誤った二分法 3.12 発生論的誤謬 3.13 両刀論法と角 3.14 ヒュームのフォーク 3.15 「である」と「であるべし」のギャップ 3.16 ライプニッツの同一律 3.17 仮面の男の錯誤 3.18 オッカムの剃刀 3.19 パラドックス 3.20 共犯論法 3.21 善意解釈の原理 3.22 論点の先取り 3.23 背理法 3.24 冗長さ 3.25 背進 3.26 現象を救う 3.27 自己論駁的論証 3.28 充足理由 3.29 テスト可能性   第4章 概念的区別のツール 4.1 アプリオリとアポステリオリ 4.2 絶対的と相対的 4.3 分析的と総合的 4.4 定言的と様相的 4.5 条件文と双条件文 4.6 取り消し可能と取り消し不可能 4.7 伴立と含意 4.8 本質と偶有性 4.9 見知りによる知識と記述による知識 4.10 必然的と偶然的 4.11 必要と十分 4.12 客観的と主観的 4.13 実在論的と非実在論的 4.14 意義と指示対象 4.15 構文論と意味論 4.16 厚い概念と薄い概念 4.17 タイプとトークン   第5章 ラジカルな批判のためのツール 5.1 階級的視点からの批判 5.2 ディコンストラクションと現前批判 5.3 経験主義による形而上学批判 5.4 フェミニズムからの批判 5.5 フーコーの権力批判 5.6 ハイデガーの形而上学批判 5.7 ラカンの批判 5.8 ニーチェのキリスト教的・プラトン的文化批判 5.9 プラグマティズムの批判 5.10 サルトルの「自己欺瞞」批判   第6章 極限のツール 6.1 基礎的信念 6.2 ゲーデルと不完全性 6.3 神秘体験と啓示 6.4 可能性と不可能性 6.5 原始概念 6.6 自明の真理 6.7 懐疑論 6.8 決定不全性

「BOOKデータベース」より

倫理学の道具箱   第1章 倫理の根拠 1.1美学 1.2行為者性 1.3権威 1.4自立 1.5ケア 1.6性格 1.7良心 1.8進化 1.9有限性 1.10繁栄 1.11調和 1.12利害 1.13直観 1.14実力 1.15自然法 1.16ニーズ 1.17苦と快 1.18啓示 1.19権利 1.20共感 1.21伝統と歴史   第2章 倫理学の枠組み 2.1帰結主義 2.2契約主義 2.3文化批判 2.4義務論的倫理学 2.5討議倫理学 2.6神の命令 2.7利己主義 2.8快楽主義 2.9自然主義 2.10個別主義 2.11卓越主義 2.12プラグマティズム 2.13合理主義 2.14相対主義 2.15主観主義 2.16徳倫理学   第3章 倫理学の主要概念 3.1絶対的と相対的 3.2行為とルール 3.3悪と邪悪 3.4善行と無危害 3.5原因と理由 3.6認知説と非認知説 3.7作為と不作為 3.8同意 3.9事実と価値 3.10中庸 3.11名誉と恥 3.12個人と集団 3.13加害 3.14意図と結果 3.15内在主義と外在主義 3.16本来的価値と道具的価値 3.17法的と道徳的 3.18解放と抑圧 3.19手段と目的 3.20メタ倫理学と規範倫理学 3.21道徳的主体と道徳的行為者 3.22思慮 3.23公共的と私的 3.24ストア派のコスモポリタニズム   第4章 評価・判断・批判 4.1疎外 4.2ほんもの 4.3無矛盾性 4.4反例 4.5フェア 4.6誤謬 4.7公平性と客観性 4.8「である」と「であるべし」のギャップ 4.9正義と適法 4.10正戦論 4.11パターナリズム 4.12比例原則 4.13反照的均衡 4.14修復 4.15セックスとジェンダー 4.16種差別 4.17思考実験 4.18普遍化可能性   第5章 倫理学の限界 5.1アクラシア 5.2没道徳主義 5.3ふたつの自己欺瞞 5.4決疑論と合理化 5.5堕落 5.6虚偽意識 5.7自由意志と決定論 5.8道徳運 5.9ニヒリズム 5.10多元論 5.11権力 5.12根源的個体性 5.13人格の別個性 5.14懐疑論 5.15スタンドポイント 5.16義務以上の行為 5.17悲劇

「BOOKデータベース」より

参考リンク(すばらしい)

錯誤論:論理的 科学的に正しい推論 判断を妨げるもの (2013-08-12) PDF

詭弁や誤謬がいろいろあります。詭弁を学ぶことが実は論理を学ぶことになると感想を頂きました。